あんたはさつきからしきりに精神といふことばを使ふが、まさか肉体と精神といふ二元論でものを考えてるんぢやないだらうな。肉体が精神をいれる器なら精神も肉体をいれる器だ。どちらかを一方的に叩きだして自由にできるといふのはくだらない錯覚にすぎないね。おれはべつにあんたのからだに穴を掘る技巧の冴えであんたの精神を麻痺させてやらうとたくらんでゐるわけぢやない。だいたい肉体を縛つてゐるとあんたがおもひこんでゐるその高級な精神なんてやつは、肉体そのものの警戒機能にすぎないんだ。
倉橋由美子「妖女のように」