2013-03-01から1ヶ月間の記事一覧

人の静まった夜中に、部屋を暗くして、花に向かって一人坐ると、顔が白くなる。

人の静まった夜中に、部屋を暗くして、花に向かって一人坐ると、顔が白くなる。やがて皺ばんで、泣いているような笑っているような、年寄りの面相が宙に掛かり、顔に泥を頂いていて、ある夜、荒い息づかいが闇の底からふくらんで、人が山道を急ぎ登ってきた…

それにしても、昨今、人は死ななくなった、とはどういう了見か。

それにしても、昨今、人は死ななくなった、とはどういう了見か。夜になってたどり返すと、はたして、およそ舌足らずのことだった。不食の病いというものを、漠と思っていた。何事かを境に、物が喉を通らなくなり、日に日に痩せおとろえて、寝ついてほどなく…

雲の柱の下がようやく烟りだし、またしても息を詰めている自分に気づいた。

雲の柱の下がようやく烟りだし、またしても息を詰めている自分に気づいた。どうしてやるか、と現場を押さえた業腹さから、そのまま喉もとを硬く絞って、知らぬ顔で遠くを眺めやると、一円は白くやわらいで、靄のふくらみをせりあげ、柱の裾へ吸い寄せられて…

窓へ耳をあずけてまた眠った。

窓へ耳をあずけてまた眠った。時の移りは蛙の声へ掛けて、四角の空間の、部屋そのもののような眠りだった。やがて手に持てるほどの大きさの、箱のような眠りとなった。人は力がおとろえて時間の流れに添いかねると、箱となって眠る。輪郭の保たれた空洞をせ…

生まれて初めて、ナマで、宮台真司の話を聞いた。江戸糸あやつり人形座「マダム・エドワルダ ―君と俺との唯物論―」という芝居を見たのだが、上演後トークのゲストだったので。うん、宮台がゲストだったから見に行ったのだ。芝居はあんまり面白くなかった。バ…

ミュシャ展@森アーツセンターギャラリーを見た。特に期待してなかったんだけど、たいへん面白かった。ミュシャってオシャレサブカルっぽいイラストみたいな絵だろ? 興味ねーな、と思ってたけど、そんなイメージを覆される展示だった。最初の展示室に、スナ…

人と話をしていて、声が棒調子になりかかる。格別の緊張や魂胆があるわけでもないのに、声が抑揚を失う、というよりも、抑揚に去られる。そんな時にかぎり、自分で自分の声がくっきりと外に聞える。しかも話す内容が、自分のまるで知らぬことに聞える。あれ…

物に立たれたように、自分が立つ。未明の寝覚めとかぎらず、日常、くりかえされることだ。日常はその取りとめもない反復と言えるほどのものだ。たいていは何事もないが、ときには、自分がいましがた、長いこと失っていた姿をふと取りもどしたかのような気分…

しかしそれよりもなにか厄介なのは、痩せたと人に言われる時にかぎってその前に、その場所へ行く道々、往来で人の痩せがしきりと目につくことだ。肥満に苦しむ時代とは言いながら、こうして見ると、痩せた人間はずいぶんと多い。若くて細いのは論外、生来痩…

見イちゃった、と幼い子供が戸口から駆けこんで来て、見ちゃった、ともう一度、今度はすこしかすれた声でつぶやくと、調理台に向かう若い母親のうしろを通り過ぎた。その二度目のつぶやきが母親には可憐に聞えて、良かったこと、何を見ちゃったの、と背を向…

造物主[デミウルゴス]は――と父は言った――天地創造を独占したのではない、創造はすべての精神の特権である。物質は無限の繁殖力、無尽の生活力を、そしてまたわれわれを造形へと誘う誘惑の力とを兼ね備えている。物質の奥底ではそこはかとない微笑が形づくら…

「生まれる前の」と書くところを、あやうく、「生前の」とつづめそうになった。その「生前」へ追いもどされたような、と言えばよいか、あの少年たちと、自分の母親とが、再従兄弟どうしと聞かされた時の心地は。ハトコという言葉がなにかいやな色をふくんだ…

「むし齒がいたむんです。」 看守は、けげんそうな顔をしながら、次の部屋の監視窓の方へ去つて行つた。看守が、そんな汚らしい作業をやつている清作を見たのは、二度や三度ではなかつたからである。だが清作は、看守が去ると、ふたたび指を口のなかに入れて…

またこんなことを言うマンション住人もある。夜更けによその人の声が、つぶやきほどだけれど、聞こえることがある。壁の中からではなく、外から来るのでもなく、遠近の感じもなく、しいて推測すれば、コンクリートか鉄筋かパイプかを伝う響きをたまたま部屋…

無事。この二文字を日々書き留めるだけで、立派な日記になるのだろう。なまじの記述があるよりはそのほうが、後から読んで、その間の記憶と照らし合わせて、はるかに起伏や曲折が感じられる。無事とは何としても書けない日もまれにはあるので。何事かが起こ…

自殺には違いない。しかし今の世の人間の思うような、まだ盛んな肉体の、命を強いて絶つのとは、同じではない。餓死と、この陰惨たる遊行者たちの場合、どれほどの隔たりがあるだろう。歩きつづけてきた者が、道に坐りこんだが最後、立ちあがれなくなる。膝…

また、夜中にいきなりどっと、大勢と思われる、人の囃し声がどこかしらで立つ。あれも、聞くほうの精神状態によっては、妙な心地にひきこまれる。人通りの絶えかけた夜道で聞くこともあり、家の内に居て、不機嫌に黙りこんでいるのにも飽きて床にもぐりこも…

'Well, perhaps you haven't found it so yet,' said Alice; 'but when you have to turn into a chrysalis--you will some day, you know--and then after that into a butterfly, I should think you'll feel it a little queer, won't you?' 'Not a bit,'…

'Found what?' said the Duck. 'Found it,' the Mouse replied rather crossly: 'of course you know what "it" means.' 'I know what "it" means well enough, when I find a thing,' said the Duck: 'it's generally a frog or a worm. The question is, w…

鵺的『幻戯【改訂版】』、遊郭の怪談あるいは性的関係の不在について

2/23昼、下北沢「劇」小劇場にて、鵺的 第六回公演『幻戯【改訂版】』をみる。昨年、この劇団の前回公演『荒野1/7』をみたときにも感想を書いた。前回はけっこう尖った抽象的な演出だったんで、これ以上進んだらアバンギャルドだよな、次どうなんのかな、と…

「あの男は日本中の女がみんな自分に惚れなくっちゃならないような顔つきをしているじゃないか」 夏目漱石「明暗」

「私はいつかっから兄さんに云おう云おうと思っていたんです。嫂さんのいらっしゃる前でですよ。だけど、その機会がなかったから、今日まで云わずにいました。それを今改めてあなた方のお揃いになったところで申してしまうのです。それはほかでもありません…