「それではSさんを愛してゐるといふことにいたしませう」とLはいひました。
「それはどういふことだ」
「結婚してあなたのそばにゐるといふことです。それがあなたを愛してゐることだとさつきあなたはおつしやいました。あなたの愛の定義にしたがへばあたしはSさんを愛してゐます」
「きみはいつもそんなふうにことばで遊ぶだけだ。どうしてほんたうのことをいはうとしないの? Kに対しては裸の意識をすつかりみせてゐたといふぢやないか」
「Kとこそことばで遊ぶことができたのです。それに裸の心なんてどこかにあるんですか? あたしのことばをはなれて、ことばとはちがふあたしがどこかに存在してゐるとおつしやるんですか? 物自体みたいに」
倉橋由美子「結婚」