自殺には違いない。しかし今の世の人間の思うような、まだ盛んな肉体の、命を強いて絶つのとは、同じではない。餓死と、この陰惨たる遊行者たちの場合、どれほどの隔たりがあるだろう。歩きつづけてきた者が、道に坐りこんだが最後、立ちあがれなくなる。膝上までの水を渡っていたのが、流れの中で立ちつくす。劣らず蹌踉と歩む仲間たちは、しばらく行ってから背後のけはいを感じて振り返るが、そこまで戻る体力がない。立ちつくした者はわずか数間の向こうから、すでに境を異にした目で見送っている。やがて膝を折って水の中に坐りこむ。つられて立ち止まった何人かの者たちが同様にそれぞれその場に沈む。そのすぐ傍を通りかかり、坐りこんだ仲間の腕にたまたま手をかけた者も、一度は引き起こしかけて、自分からその傍に沈みこむ。皆、腰まで水に漬かって、うっすらと笑いのようなものを口もとにうかべながら、行く手を見つめる目の光が薄くなっていく。
古井由吉「水漿の境」『仮往生伝試文』