それと符合するやうなことを現にしながら、何も知らずにさうしたといへるだらうか。

それと符合するやうなことを現にしながら、何も知らずにさうしたといへるだらうか。もし知らずにさうしたのであれば、その人間はただの厄災の被害者であるにすぎない。この哀れな人間は、神の気まぐれと戯れの材料にたまたまとりあげられただけのことだ。私の場合は明らかにそれとはちがつていた。私にはあらかじめ神のことばがあたへられてゐた。といふことは、神は、その手のうちを明らかにしたうへで、神の計畫を完成してくれるやうな人間を選んだといふことではないか。要するに私はさういふ人間で、すべてを知りながら神の共犯者をつとめさせられたのだ。
倉橋由美子「河口に死す」『反悲劇』