院長は私たちの申出をきいて、私の姉にあたる女はその神の巫女になつてゐるといつた。

院長は私たちの申出をきいて、私の姉にあたる女はその神の巫女になつてゐるといつた。そしてこの祠の裏の小屋に案内してくれたが、私は暗い樹の茂みの奥のさらに暗い小屋のなかから出てくるものを、蛇のあなからはひでてくる蛇でも待つやうな気持で待ちながら眼をこらしてゐた。そのくらやみが私の過去に通じる穴であるかもしれないと私は思つたが、そのとき、私のうしろから近づいてくるもののけはいに振りかへると、痩せて背の高い女が不審さうに眉をひそめて私を見つめてゐた。これが探していた巫女すなはち私の姉であるらしいことは、私が自分の名をいつたときにその顔を照らした一瞬の羞恥の光でわかつたが、そのことはまた、この女のなかに正気が残つてゐることをも示してゐた。
倉橋由美子「神神がゐたころの話」『反悲劇』