千葉

院長は私たちの申出をきいて、私の姉にあたる女はその神の巫女になつてゐるといつた。

院長は私たちの申出をきいて、私の姉にあたる女はその神の巫女になつてゐるといつた。そしてこの祠の裏の小屋に案内してくれたが、私は暗い樹の茂みの奥のさらに暗い小屋のなかから出てくるものを、蛇のあなからはひでてくる蛇でも待つやうな気持で待ちなが…

それと符合するやうなことを現にしながら、何も知らずにさうしたといへるだらうか。

それと符合するやうなことを現にしながら、何も知らずにさうしたといへるだらうか。もし知らずにさうしたのであれば、その人間はただの厄災の被害者であるにすぎない。この哀れな人間は、神の気まぐれと戯れの材料にたまたまとりあげられただけのことだ。私…

恥ぢを知らない男のことばですわ。

「恥ぢを知らない男のことばですわ。何よりも許せないのは、あなた御自身よりも、あなたのその種の理屈なんですわ。わたくしを、愛する心に變りはなかつたけれど、事のなりゆきが、結果が、わたくしの意に反することになつたのはやむをえないことだとおつし…

しかしこれはひとごとではないので、男といふものはいくら女を知つたつもりでも、ある日その女について本気で考へはじめると何もわかつてゐなかつたといふことがわかり、いくら考へてもその女をつかまへた気にならない點では百笑氏と五十歩百歩である。

しかしこれはひとごとではないので、男といふものはいくら女を知つたつもりでも、ある日その女について本気で考へはじめると何もわかつてゐなかつたといふことがわかり、いくら考へてもその女をつかまへた気にならない點では百笑氏と五十歩百歩である。つま…

たしかにぼくはLの話を理解することができた。

たしかにぼくはLの話を理解することができた。これは起りうることだ。ここではーーといふのはそれまでぼくが住んでゐた感化院のやうな個體状の世界の外の、この自由なガス状の世界では、といふ意味だけれどーーどんなことも起りうるかはりに、なにごとも信じ…

祖国無き独立にはイマージュなき肉体存在そのものをもって対さねばならぬ。

祖国無き独立にはイマージュなき肉体存在そのものをもって対さねばならぬ。必要なのはエロスでなくロゴス。思想の奴隷と化した肉体と思想の奴隷と化した群衆との間には歴史の廃墟がほほえむ。カオス。いずれにしろ腐れはてたワギナをはいずりまわるうじ虫ど…

天皇は、いまそこにをられる現実所与の存在としての天皇なしには観念的なゾルレンとしての天皇もありえない、(その逆もしかり)、といふふしぎな二重構造を持つてゐる。

天皇は、いまそこにをられる現実所与の存在としての天皇なしには観念的なゾルレンとしての天皇もありえない、(その逆もしかり)、といふふしぎな二重構造を持つてゐる。すなはち、天皇は私が古事記について述べたやうな神人分離の時代からその二重性格を帯…

そうするとですね、ぼくが言いたいのは、観念に名前がつかなきゃ、観念は観念じゃないということをさっきから言っているわけですよ。

三島 そうするとですね、ぼくが言いたいのは、観念に名前がつかなきゃ、観念は観念じゃないということをさっきから言っているわけですよ。(笑)それでね、あなたと私との本質的な差は、結局名前があるかないかということなんです。つまり、事物というものに…

これはだ、これはまじめに言うんだけれども、たとえば安田講堂で全学連の諸君がたてこもった時に、天皇という言葉を一言彼等が言えば、私は喜んで一緒にとじこもったであろうし、喜んで一緒にやったと思う。

三島 これはだ、これはまじめに言うんだけれども、たとえば安田講堂で全学連の諸君がたてこもった時に、天皇という言葉を一言彼等が言えば、私は喜んで一緒にとじこもったであろうし、喜んで一緒にやったと思う。(笑)これは私はふざけて言っているんじゃな…

つまり事物を利用する観点からは、その形自体がすでに目的論を内包しているのじゃないかと。

三島 つまり事物を利用する観点からは、その形自体がすでに目的論を内包しているのじゃないかと。あなたの全然目的論のない世界において、純粋空間が瞬間的にあらわれるというために物を行使し、あるいは利用し、道具として使う場合には、目的論が内包されて…

そうするとだね、それが持続するしないということは、それの本質的な問題ではないわけ?

三島 そうするとだね、それが持続するしないということは、それの本質的な問題ではないわけ? 全共闘C 時間がないのだから、持続という概念自体おかしいのじゃないですか。 三島 そうすると、それが三分間しか持続しなくてもあるいは一週間あるいは十日間持…

われわれがしめしたように、現在の個人たちは私有を廃棄せざるをえない。

われわれがしめしたように、現在の個人たちは私有を廃棄せざるをえない。というのは、生産力および交通形態が非常に發展したために私有の支配のもとでは破壊力になっているからであり、また階級の對立がその絶頂にまでおしすすめられているからである。そし…

けれども家族の現実的な身體、財産關係、他の諸家族にたいする排他的な關係、強制された共同生活、すなわちすでに子どもの存在や今日の都市の構造や資本の形成などによってあたえられていた諸關係は、いろいろのさまたげをうけながらも存続した。

けれども家族の現実的な身體、財産關係、他の諸家族にたいする排他的な關係、強制された共同生活、すなわちすでに子どもの存在や今日の都市の構造や資本の形成などによってあたえられていた諸關係は、いろいろのさまたげをうけながらも存続した。なぜなら家…

共産主義社會では、各人が一定の專屬の活動範圍をもたずにどんな任意の部門においても修業をつむことができ、社會が全般の生産を規制する。

共産主義社會では、各人が一定の專屬の活動範圍をもたずにどんな任意の部門においても修業をつむことができ、社會が全般の生産を規制する。そしてまさにそれゆにこそ私はまったく気のむくままに今日はこれをし、明日はあれをし、朝には狩りをし、午後には魚…

天上から地上へおりるドイツ哲学とはまったく反對に、ここでは地上から天上へのぼる。

天上から地上へおりるドイツ哲学とはまったく反對に、ここでは地上から天上へのぼる。すなわち、人間がかたり、想像し、表象するところのものから出發し、あるいはまたかたられ、思考され、想像され、表象される人間から出發して、ここから具体的な人間にた…

人の静まった夜中に、部屋を暗くして、花に向かって一人坐ると、顔が白くなる。

人の静まった夜中に、部屋を暗くして、花に向かって一人坐ると、顔が白くなる。やがて皺ばんで、泣いているような笑っているような、年寄りの面相が宙に掛かり、顔に泥を頂いていて、ある夜、荒い息づかいが闇の底からふくらんで、人が山道を急ぎ登ってきた…

それにしても、昨今、人は死ななくなった、とはどういう了見か。

それにしても、昨今、人は死ななくなった、とはどういう了見か。夜になってたどり返すと、はたして、およそ舌足らずのことだった。不食の病いというものを、漠と思っていた。何事かを境に、物が喉を通らなくなり、日に日に痩せおとろえて、寝ついてほどなく…

雲の柱の下がようやく烟りだし、またしても息を詰めている自分に気づいた。

雲の柱の下がようやく烟りだし、またしても息を詰めている自分に気づいた。どうしてやるか、と現場を押さえた業腹さから、そのまま喉もとを硬く絞って、知らぬ顔で遠くを眺めやると、一円は白くやわらいで、靄のふくらみをせりあげ、柱の裾へ吸い寄せられて…

窓へ耳をあずけてまた眠った。

窓へ耳をあずけてまた眠った。時の移りは蛙の声へ掛けて、四角の空間の、部屋そのもののような眠りだった。やがて手に持てるほどの大きさの、箱のような眠りとなった。人は力がおとろえて時間の流れに添いかねると、箱となって眠る。輪郭の保たれた空洞をせ…

生まれて初めて、ナマで、宮台真司の話を聞いた。江戸糸あやつり人形座「マダム・エドワルダ ―君と俺との唯物論―」という芝居を見たのだが、上演後トークのゲストだったので。うん、宮台がゲストだったから見に行ったのだ。芝居はあんまり面白くなかった。バ…

ミュシャ展@森アーツセンターギャラリーを見た。特に期待してなかったんだけど、たいへん面白かった。ミュシャってオシャレサブカルっぽいイラストみたいな絵だろ? 興味ねーな、と思ってたけど、そんなイメージを覆される展示だった。最初の展示室に、スナ…

人と話をしていて、声が棒調子になりかかる。格別の緊張や魂胆があるわけでもないのに、声が抑揚を失う、というよりも、抑揚に去られる。そんな時にかぎり、自分で自分の声がくっきりと外に聞える。しかも話す内容が、自分のまるで知らぬことに聞える。あれ…

物に立たれたように、自分が立つ。未明の寝覚めとかぎらず、日常、くりかえされることだ。日常はその取りとめもない反復と言えるほどのものだ。たいていは何事もないが、ときには、自分がいましがた、長いこと失っていた姿をふと取りもどしたかのような気分…

しかしそれよりもなにか厄介なのは、痩せたと人に言われる時にかぎってその前に、その場所へ行く道々、往来で人の痩せがしきりと目につくことだ。肥満に苦しむ時代とは言いながら、こうして見ると、痩せた人間はずいぶんと多い。若くて細いのは論外、生来痩…

見イちゃった、と幼い子供が戸口から駆けこんで来て、見ちゃった、ともう一度、今度はすこしかすれた声でつぶやくと、調理台に向かう若い母親のうしろを通り過ぎた。その二度目のつぶやきが母親には可憐に聞えて、良かったこと、何を見ちゃったの、と背を向…

造物主[デミウルゴス]は――と父は言った――天地創造を独占したのではない、創造はすべての精神の特権である。物質は無限の繁殖力、無尽の生活力を、そしてまたわれわれを造形へと誘う誘惑の力とを兼ね備えている。物質の奥底ではそこはかとない微笑が形づくら…