人と話をしていて、声が棒調子になりかかる。格別の緊張や魂胆があるわけでもないのに、声が抑揚を失う、というよりも、抑揚に去られる。そんな時にかぎり、自分で自分の声がくっきりと外に聞える。しかも話す内容が、自分のまるで知らぬことに聞える。あれは嫌なものだ。
電車の中で人と話す。音に負けぬよう声をはずませているのが、電車が停まったとたんに、棒調子になる。あるいは半日もたまたま物を言わずにいた。それから人に会うと、声がどうしても走る。躁々しいことだ、と自分でもてあますうちに、いつのまにか、陰気なような棒調子で喋っている。
古井由吉「去年聞きし楽の音」『仮往生伝試文』