雲の柱の下がようやく烟りだし、またしても息を詰めている自分に気づいた。

雲の柱の下がようやく烟りだし、またしても息を詰めている自分に気づいた。どうしてやるか、と現場を押さえた業腹さから、そのまま喉もとを硬く絞って、知らぬ顔で遠くを眺めやると、一円は白くやわらいで、靄のふくらみをせりあげ、柱の裾へ吸い寄せられていくように見えて、その安堵に誘われてこちらも喉の力をゆるめ、詰めた息をすこしずつ抜いて、細い糸のように吐き、息の尽きたと感じられたあとももうひと吐き、腹の底から長く押し出し、喉の奥が鳴り、睡気に似た窒息感の満ちるまでこらえて、息をはっと吸いこんだそのとたんに、遠い柱が薄れてあやうい明るさが中空に張りつめ、喘ぎかけた鼻先を遮断して、太い雨足が硝子のすぐ外にまっすぐ立った。篠つく勢が建物をつつみこんだ。
古井由吉「四方に雨を見るやうに」『仮往生伝試文』