窓へ耳をあずけてまた眠った。

窓へ耳をあずけてまた眠った。時の移りは蛙の声へ掛けて、四角の空間の、部屋そのもののような眠りだった。やがて手に持てるほどの大きさの、箱のような眠りとなった。人は力がおとろえて時間の流れに添いかねると、箱となって眠る。輪郭の保たれた空洞をせめてもの拠りどころとして、遠くで呼び声が立って内でほそい木魂が起り、それをきっかけに、人心地がついて明けて行くのを待つ。もしももっぱら反復に感じて、長い闇へひきこまれたら、それきりになるおそれはある。しかし夜々の仮死にもおのずから、夜々わずかな振れはあり、狂いはあり、おいおいめでたくなっていく……。
古井由吉「声まぎらはしほとゝぎす」『仮往生伝試文』